フランク永井を知るために|はじめに
フランク永井の現役時代を知っているのは、おそらく1970年代生まれ以前の、私と同じかひとまわり若い方くらいまでだと思います。
これからフランク永井を知る人のために、その全体像をまとめてみたいと思います。私ごときの初心者に分かる範囲にはなるのですが、私が聴き始めるときに、こんな情報があるとよかったなと思うんです。すでにご存知の方は、「有楽町で逢いましょう」「おまえに」の他にも、フランク永井の多彩な魅力に触れなおす機会になればと思います。
【各記事へのリンク】
■ フランク永井のキャリア (このページの下の方です)■ フランク永井の多彩な音楽性
01|「有楽町で逢いましょう」に始まるヒット曲
02|「シティ・ポップ」路線
03|ジャズ・スタンダード
04|ライブ・リサイタル
05|歌謡曲のカバー etc.
■ フランク永井をもっと知るために
06|ブログ紹介「フランク永井あれこれ」
07|「フランク永井歌コンクール」紹介
08|多様な媒体…配信、CD・DVD、レコード etc.
01|「有楽町で逢いましょう」に始まるヒット曲
02|「シティ・ポップ」路線
03|ジャズ・スタンダード
04|ライブ・リサイタル
05|歌謡曲のカバー etc.
■ フランク永井をもっと知るために
06|ブログ紹介「フランク永井あれこれ」
07|「フランク永井歌コンクール」紹介
08|多様な媒体…配信、CD・DVD、レコード etc.
※ このページには概要をまとめ、詳細は別ページにリンクしています。
■ フランク永井のキャリア
1932年3月18日、宮城県は松山町に生まれる。……
戦後、上京して進駐軍の運転手として勤めた後、軍の専属ジャズ・シンガーに転身。1955年、ビクターから「恋人よわれに帰れ」(Lover come back to me)で歌手デビューを果たす。吉田正作曲の「有楽町で逢いましょう」(1957)を皮切りに、松尾和子とのデュエット「東京ナイト・クラブ」(1959)など、数多くの曲がヒットする。「君恋し」(1961)で第3回日本レコード大賞を受賞。主題歌として映画化された作品にも数多く出演した。歌手生活の節目ごとに大きなリサイタルを開き、レコード化されている。ジャズ、スタンダード、歌謡曲、演歌など、カバー曲も多数リリース。
1970年代以後も、セルフカバー「おまえに」(1977)がロングヒットとなる。1980年代には山下達郎作曲「WOMAN」(1982)、シティ・ポップ・アルバム『マホガニーのカウンター』(1983)で新境地を拓く。「あなたのすべてを」(1985)で活動を休止。
次の記事では、フランク永井の多彩な音楽性(上記リンク)を概観してみたいと思います。
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